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大阪地方裁判所 昭和57年(行ウ)78号 判決

原告

ユニオン化学機械株式会社

右代表者代表取締役

三木顯治

右訴訟代理人弁護士

岡本正治

被告

東淀川税務署長

川瀬栄一

右指定代理人

竹中邦夫

外四名

主文

一  被告が原告の昭和五三年六月一日から昭和五四年五月三一日までの事業年度の法人税につき昭和五五年一二月一三日付でした再更正処分のうち所得金額二四〇一万一五七八円を超える部分並びに同年五月三〇日付及び同年一二月一三日付でした過少申告加算税の賦課決定を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

二  原告の請求原因

1  原告は、化学機械、産業機械、機械設計企画製作売買、輸出入業務等を業とする株式会社であるが、原告が昭和五三年六月一日から昭和五四年五月三一日までの事業年度(以下「一八期」という。)の法人税についてした確定申告、被告がした更正処分及び過少申告加算税賦課決定、原告の異議申立及びこれに対する決定、原告の審査請求、被告の増額再更正処分(以下「本件処分」という。)及び過少申告加算税賦課決定(以下、更正処分に伴う過少申告加算税賦課決定と併せ「本件決定」という。)、国税不服審判所長がした裁決の経緯、内容は別表1記載のとおりである。

2  しかしながら、本件処分は、原告が昭和五三年九月二二日日商岩井株式会社(以下「日商岩井」という。)との間で、同社が西ドイツのデマーグ社に輸出するブラジルのアセジッタ社向けの圧延機用圧延油循環ろ過装置スパミックフィルター一式(以下「本件ろ過装置」という。)を売り渡す契約を締結したことについて、その売上に係る収益帰属時期の判断を誤つたものであるから違法であり、従つて、本件処分を前提としてされた本件決定も違法である。

よつて、本件処分のうち申告所得金額を超える部分及び本件決定の取消しを求める。

三  請求原因に対する被告の認否及び主張

1  請求原因1の事実、同2の事実中、原告と日商岩井との間で本件ろ過装置の売買があつたことは認めるが、その余は争う。

2  原告は本件ろ過装置を代金八五〇〇万円、代金支払条件船積み完了月の翌月末九五パーセント(八〇七五万円)、船積み完了月の二〇か月後五パーセント(四二五万円)、神戸港渡しFOBとの約定で日商岩井に売り渡す契約を締結し、昭和五三年一二月二〇日本件ろ過装置を神戸港で船積みして、昭和五四年一月三一日日商岩井から八〇七五万円の支払いを受けた。しかるに原告は、一八期終了日までに本件ろ過装置の性能値達成義務を履行していず、未だ引渡しを了していないとして、右受領金員全額を前受金勘定に、本件ろ過装置の製作に要した費用三三九三万七一七六円を仕掛品勘定にそれぞれ計上した。

3  しかし、原告は本件ろ過装置の性能値達成義務を負うものではなく、船積み時点で日商岩井への引渡しを了しているから、その収益等は一八期に帰属し、これによれば原告の一八期の所得金額は、別表2記載のとおり七五〇六万九五四三円である。

4  本件取引の収益帰属時期を船積み時の昭和五三年一二月二〇日とすべき理由は、次のとおりである。

(一)  日商岩井から原告宛の注文書(以下「本件注文書」という。)には本件ろ過装置の性能値達成義務は明記されていず、代金収受は性能値達成確認によるアセジッタ社の受入れ(以下「検収」ともいう。)とは無関係に定められており、かつ、据付及び試運転調整等のためのブラジルへの技術者派遣の費用及び条件は別途契約とされている。ちなみに、原告が昭和五一年にルーマニアのオテリノックス社向けろ過装置を日商岩井に売却した際には、代金収受が検収と関連づけられており、かつ、原告の性能値達成義務、検収に至る手続、技術者派遣の費用、条件等が明確に合意されていたし、その他の国内取引事例においても、すべて検収後に最終代金又は代金全額が支払われる旨約定されていた。

(二)  本件取引では装置価格の五〇パーセントを国内調達でまかなうとのブラジル政府の方針のために、ろ過装置の主要部分であるフィルターエレメント(ろ体)及びオペレーティングパネル(操作盤)以外の構成機器はブラジルのザック・フイルトロス社が製作することになつていたので、原告はブラジルでの製作機器についての保証を義務づけられていず、このことから見ても原告の性能保証はろ過装置全体に及ぶものではないから、原告が性能値達成義務を負うとは言い難い。

(三)  日商岩井が注文主であるデマーグ社から受領した要件書には「完了及び受入れ」及び「組立て、試運転及び負荷テスト」の条項があるが、右要件書は同社が日商岩井を含めた発注先に対し、プラント建設工事全体に適用される一般的な定めとして提示したものに過ぎず、しかも原告と日商岩井との本件取引はろ過装置の構成機器の一部のみの日本国内における販売にすぎないのであるから、右要件書の条項がすべて本件取引に適用される訳ではない。

(四)  また、本件注文書には契約物品(3)として「ザック・フイルトロス社によりブラジル国内にて製作される機器及び配管関係、全体取合関係の総合エンジニアリング」との記載があるが、これは本件ろ過装置を含む構成機器全体を有機的、総合的に機能させるための技術指導のごとき労務の提供を意味するのでなく、ザック・フイルトロス社が製作する機器及び配管に原告製作のフィルターエレメント等を合体させるための資料たる製作及び技術関係書類を指すと解すべきである。

(五)  更に、技術者派遣の費用、条件は別途契約とされていることにつき、仮に当時のブラジル経済事情の故に具体的な技術者派遣費用の見積りが困難であつたとしても、派遣技術者の数、期間、責任の範囲等を明定することは可能であつたし、費用についても現地の物価上昇に応じた変動条件を付して約定することが可能であつたのであるから、何ら取決めがなかつたということは、本件取引において原告が技術者派遣義務を負わないことを意味するというべきである。

(六)  法人税法二二条四項は、当該事業年度の収益及び損金の額は「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従つて計算されるものとする」旨規定しているが、企業が採用している会計処理の方法が右基準に適合しているかどうかは、企業会計原則や適正な会計慣行を斟酌して検討する必要がある。しかして、同法は法人の収益帰属時期につき何ら規定していないが、法人税基本通達二−一−一によれば、たな卸資産の販売による収益の帰属時期は原則として引渡しの日であり、同通達二−一−二によれば、右引渡しの判定は当該たな卸資産の種類及び性質、その販売に係る契約内容等に応じその引渡しの日として合理的であると認められる日のうち法人が継続してその収益計上を行うこととしている日によるものとし、出荷日等と共に相手方が検収した日が例示されている。しかし、被告が原告の昭和五一年六月一日から昭和五二年五月三一日までの事業年度分の法人税調査を昭和五三年一月下旬から二月上旬にかけて実施した際、原告代表者は収益計上時期につき検収基準を採用している旨申し立てたが、実際には検収の日が明確に決まつていず、原告従業員の口頭報告の日又は代金請求の日等検収の日と異なる日をもつて収益計上していたことが判明したので、検収の日を明確にするよう指摘したことがあり、原告が一貫して検収の日を収益計上時期とする会計処理をしていた訳ではない。

また、FOB取引は本船積込みをもつて物品の所有権及び危険負担が買主側に移転し、引渡しが完了して収益が実現するものであるから、本件ろ過装置は神戸港船積み時点で日商岩井への引渡しを完了したものとしてその日が収益計上時期とされるべきである。ちなみに、日商岩井は本件ろ過装置を神戸港において原告から引渡しを受けると同時にデマーグ社に引渡したものとして、原告から船積通知を受けた昭和五三年一二月二二日付で、原告からの仕入れを計上すると共に、デマーグ社への売上げを収益として計上している。

5  以上のとおり、本件処分及び本件決定に何ら違法はない。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  被告の主張2の事実は認める。

2  同3の事実中、別表2記載の申告所得金額、貸倒引当金繰入限度超過額は認めるが、その余は争う。後記のとおり本件ろ過装置に係る収益等は一八期に帰属するものではない。

3  同4の事実は争う。

4  本件ろ過装置の売上にかかる収益帰属時期は、以下のとおり原告が性能値達成義務から解放された昭和五五年八月二一日とするのが正当である。

(一)  本件ろ過装置は圧延製造工程のプラントの一環として使用されるものであるが、プラント取引ではこれを構成する個々の機械、装置が一定の機能を発輝するための性能保証が重要な意味を持つている。そして、その取引に際しては、引合い、見積りの段階で必ず一定の性能値の保証が取引条件として協議、約定されるが、正式注文書に必ずしも明記される訳ではなく、むしろ正式注文に先立ち見積書、仕様書等に性能値や性能保証義務を明記することをもつて契約条件とするのが通常であるから、注文書にろ過装置の性能値や性能保証文言が明記されていないからといつて、それが契約条件でないことを意味しない。本件取引においても、見積り段階で性能値の明記された仕様書を原告及び日商岩井が連名でデマーグ社宛提出しているし、昭和五二年一一月一八日にデマーグ社、日商岩井及び原告が協議の上作成した注文議定書にも、本件注文書に添付された仕様書にも性能保証が明記されており、日商岩井がデマーグ社から送付を受け原告に提供した要件書には性能値達成確認に至る手続が詳細に規定されているのであつて、これらの事実に照らせば、原告の性能値達成義務は必須の契約条件となつていたことが明らかである。なお、本件ろ過装置の取引形態は、最終ユーザーであるアセジッタ社がデマーグ社へ、同社が日商岩井へ、同社がメーカーである原告へそれぞれ発注した関係から、右要件書はデマーグ社が日商岩井宛送付したものであるが、日商岩井は単なる商社にすぎず、自らろ過装置に関する技術的役務の提供のごとき技術上の契約条件を履行しえないために、デマーグ社から負わされた技術上の契約条件や責任をそのままメーカーである原告に提示して義務づけ、かつ原告をして日商岩井のみならずデマーグ社及びアセジッタ社に対する契約上の責任を直接負わせているのである。

更に、原告はろ過装置の構成機器の製造販売のみでなく、ろ過装置にかかわる総合エンジニアリングの役務提供(ノーハウの開示を含む。)をも行い、その対価としてエンジニアリング・フィー(技術料)を得ており、かつろ過装置の特殊性の故に右総合エンジニアリングの提供をなしうるのは原告のみである。従つて、本件取引において原告が指導技術員を派遣することは不可欠な契約条件であり、ブラジルでの製作機器に対して原告が保証の責を負わないのは、その資質につき責任を負わないという趣旨にすぎず、それらを含めたろ過装置全体について約定の性能値を達成させる義務は依然原告が負つている。

なお、本件注文書に技術者派遣の費用及び条件については別途契約する旨記載されているのは、当時ブラジル経済が不安定でインフレ進捗度が激しかつたので、派遣時期確定時に具体的な見積り、協議をする趣旨であつて、技術者派遣自体は当初の契約の必須条件であるから、これのみを別途契約することはありえない。被告主張のように技術者派遣の費用と条件を別々に取り決めることは通常の海外取引ではありえないし、物価上昇に応じた変動条件つき約定は取引の目的物の価格に関して行われることがあるが、技術者派遣費用は経費であるから、このような複雑なやり方をせずとも、派遣時期確定後に取り決めることで十分である。

(二)  本件ろ過装置の如く性能値達成を義務づけられている取引については、たとえ物品自体の受渡しが終了し危険負担が相手方に移転しても、検収完了までは契約の履行があつたとはされず、収益はいまだ確定せず実現していない。このように検収を重要な要素とする取引に係る収益計上時期は検収時を基準とすべきであつて、検収前に受領した代金額の多寡は問題でない。原告は従来から一貫してろ過装置の売上計上時期を検収時としてきており、これに対し被告から異議を述べられたり指導を受けた事実もない。被告主張の税務指導は化学装置の売上計上に関するものであり、しかも検収基準の適用を否定するものではなく、これを前提に検収日を明確にするようにとの趣旨であつたにすぎない。なお、FOBは本来単体品取引を想定しての危険負担移転時期に関する原則であつて収益実現の原則ではなく、しかも本件ろ過装置の取引が単体品取引でないこと既述のとおりであるから、被告の主張は失当である。

(三)  注文議定書には日商岩井のデマーグ社に対する契約履行保証(契約を確実に履行する旨の保証として相手方から保証金の積立を要求されるもので、本件では代金の五パーセントにつき銀行の保証状が差入れられている。)の期間が船積み後二〇か月と定められているところ、これは本件ろ過装置についての性能値達成保証期間が船積み後二〇か月であることを意味し、最終ユーザー側の事情により本件ろ過装置の性能試験が実施されず性能値達成確認が不可能な場合には、右期間経過により日商岩井ひいては原告の性能値達成保証義務は消滅する。

しかして、本件ろ過装置についてはアセジッタ社側の帰責事由により現地工場における据付工事が全く行われず、原告は試運転調整等性能値達成のための諸行為をなしえないまま、船積み後二〇か月目である昭和五五年八月二〇日を経過した。従つて、右期日の経過をもつて日商岩井及び原告は本件ろ過装置の性能値達成義務を免れたことになり、これにより原告は買主に対する性能保証の負担から解放された結果、本件取引についての収益等が確定し実現したものというべきである。なお、日商岩井が船積み時に原告からの仕入れとデマーグ社への売上げを計上したとしても、それは日商岩井としての会計処理方法であるに過ぎず、企業により取扱いが異なるのは当然である。

五  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二原告が昭和五三年九月二二日日商岩井との間で、同社が西ドイツのデマーグ社に輸出するブラジルのアセジッタ社向けの本件ろ過装置を、代金八五〇〇万円、代金支払条件船積み完了月の翌月末九五パーセント(八〇七五万円)、船積み完了月の二〇か月後五パーセント(四二五万円)、神戸港渡しFOBとの約定で売り渡す契約を締結し、同年一二月二〇日本件ろ過装置を神戸港で船積みして、昭和五三年一月三一日日商岩井から八〇七五万円の支払を受けたこと、原告が右取引について、一八期終了日までに本件ろ過装置の性能値達成義務を履行していず、未だ引渡しを了していないとして、右受領金員全額を前受金勘定に、本件ろ過装置の製作に要した費用三三九三万七一七六円を仕掛品勘定にそれぞれ計上したこと、原告の一八期における申告所得金額、貸倒引当金繰入限度超過額が別表2記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。

しかして、本件訴訟の争点は、本件ろ過装置の取引が原告から日商岩井への国内販売にすぎず、船積みにより原告は売主としての義務履行を完了したものであるか、それとも原告は本件ろ過装置の据付後の性能値達成義務を負つており、右義務を果たすかこれを免れるまでは売主としての義務履行は完了していないものであるかに存するので、本項ではまず右争点に対する判断の前提となる諸事情について見ておくこととする。

1  原告のろ過装置について

〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

原告は化学プラントのうち圧延機(センジミアミル)用圧延油循環ろ過装置(名称スパミック・フィルター)と化学諸装置とを中心として、これら装置の企画、設計、製作、設置、技術指導、監督等を主たる業務とする会社であるが、これらの業務はいわゆるエンジニアリングに相当するため、英文による社名をユニオン・ケミカル・エンジニアリング社と称している。

ステンレススチール板、鋼板等の圧延作業では、圧力エネルギーが転換した熱エネルギーの冷却及び圧延ロールの潤滑のために大量の圧延油が循環供給装置によつて使用されるが、圧延作業に伴い発生混入する微粒子(スラッジ)を取り除いて一定の清浄度を保ち、製品表面の損傷や圧延ロールの損耗を防ぐ必要がある。原告のろ過装置は、このスラッジを除去し、汚濁油を清浄油として圧延機に供給する精密連続ろ過装置であり、その構成機器としては一次ポンプ、ろ槽、エレメント(ろ体。ろ過の心臓部であり、製法特許を有する。)、二次ポンプ、ドレンポンプ、ドレンタンク、回収フィルター、スラッジタンク、エヤーユニット、操作盤があり、周辺機器としてダーティタンク、クリーンタンク、スプレイポンプ、油冷却器がある。

ろ過装置の性能は、ろ過能力(ろ過流量ともいい、フィルターとしての公称能力)、ろ過後の粒度(粒子の大きさ)、ろ過油中の残留粒子(スラッジ)の含有量によつて左右されるので、販売に当つては引合、見積り、受注の段階で右の三点が具体的数値(性能値)で約定される。また、被圧延物、圧延油の種類、顧客の圧延技術に応じてろ過装置の設計が異なるため、ノーハウを有する原告は圧延油の選定、ろ過装置の運転方法等につき顧客及び圧延油メーカーと予め協議する必要があり、更に機器設置後は性能値達成のために運転状態の確認や場合により部分的変更といつた技術指導を行わなければならない。即ち、ろ過装置の販売は単に構成機器の製作、供給で事足りるものではなく、企画設計から操業までの各段階での技術供与をし(総合エンジニアリング)、特に据付後試運転調整を行い性能値が仕様書どおりに達成されたか否かを確認すべき義務を性質上当然に伴つている。

2  プラント輸出契約

〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

プラントとは工場、鉱山、発電所等の事業場の建物、機械設備その他の一切の付帯設備を一体として総称したものであり、プラント輸出とは、これら工場、施設を設計し、機器、資材を製作、調達して海外に輸出し、場合により現地で建設を行うことである。

プラント輸出契約の類型は、プラントの機器の供給のみの形態(FOB型契約)と、機器の供給の外に据付、試運転等の現地業務の全部又は一部を履行する形態(ターン・キー型契約)とが両極端の典型的な形態としてあり、更に両形態の中間に種々の形態が存する。FOB型契約は輸出国の港における本船渡し条件でプラント用機器を売る契約であり、船積み時点で機器の所有権と危険負担が買主に移るが、現実には、機器の売却だけでなく、プラント据付、運転等に必要な図面や技術資料を提供し、かつ据付等のための技術指導員を派遣するのが通常である。そして、FOB型契約であつても、買主側で行うプラントの据付、建設完了後に性能テストを行うことが予定され、性能テスト完了後買主が性能値達成を確認すること(アクセプタンスとか検収と呼ばれる。)により売主の義務履行が完了するという形をとることが多い。

なお、プラント輸出契約は契約金額が巨大であり、契約履行期間が長期である等の特徴を有し、損害が巨額になる危険があるので、損害賠償の範囲及び保証項目、期間の限定が考慮される。例えば、FOB型契約における保証責任の期間は、性能テスト完了時を起算点とするほかに、船積みから性能テスト完了までの期間売主のコントロール外にあることから、船積み時からの期間を併せて定めることにより責任期間を制限することが行われている。

3  商社経由輸出入取引の実態

〈証拠〉によれば次の事実が認められる。

商社が介在するオーソドックスな輸出入取引は、売り買いをつなぐ(ヘッジ)という形態であり、自己の危険を極力小さくするために、メーカーや海外の仕入、販売先にそれぞれの反対側との契約条件を開示し、商品の瑕疵担保責任、受渡、代金決済等の売買契約の基礎的な条件(危険)までもいずれかの相手方に転嫁することによつて行われる。従つて、商社は一方の契約当事者から受領した書類を他方当事者にそのまま送付し、その内容は注文書に牴触しない限りこれに準ずるものとして他方当事者を義務づけるのが通常であり、商社が得る売買差益は手数料、口銭に等しい。このような場合でも、商社が仕入、売上の仕訳をすることは会計上是認されているが、決算上の商社の売上はメーカーのそれと実態が異なることに留意する必要がある。

4  ブラジルの経済情勢

〈証拠〉によれば次の事実が認められる。

ブラジルは一九六八年以降「奇跡の成長」といわれる高度経済成長を遂げ、工業製品輸出が急激に拡大され、かつてブラジルの名物とさえいわれたインフレも着実に抑制されたが、第一次石油危機、世界的景気後退等に影響されて一九七四年以降経済成長率は鈍化又は不安定化し、インフレの再高進、国際収支不均衡の激化に直面するに至つた。特に物価は一九七五年(昭和五〇年)後半から上昇傾向を強め、一九七六年のインフレ率は四六・三パーセント増を記録し、翌年は経済の減速化政策が効を奏しインフレ率は一応の収束に向かつたものの、一九七八年以降事態は再び悪化し、一九七九年のインフレ率は七七・二パーセント、一九八〇年のそれは一一〇パーセントを記録するに至つた。また、経済停滞のために多くの大型プロジェクトが長期間経過後も依然建設中又は正常な稼働に入つていないといわれている。

5  フィンランドのオートクンプ社向け取引

〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

原告代表者三木顯治(以下「三木」という。)は、原告のろ過装置の欧州市場開拓のため昭和四九年六月日商岩井の担当者と共に渡欧した際、西ドイツの圧延メーカーのクルップ社において、同社及び同社がエンジニアリングを担当しているフィンランドの圧延メーカーのオートクンプ社双方が各新設する圧延プラントのために原告のろ過装置を販売すべく、その技術説明等をした。三木帰国後同年九月一〇日付で日商岩井から原告にオートクンプ社向けろ過装置の見積り依頼がなされると共に、オートクンプ社作成の納入仕様書(デリバリー・プログラム)も日商岩井から原告に送付され、更に、その頃クルップ社及びオートクンプ社の技師が日本国内での原告のろ過装置の稼働状況調査のため来日した。そこで、三木は同年一一月日商岩井の担当者と共に再度渡欧し、資材の現地調達を前提としてクルップ社、オートクンプ社での説明や、購入品の現地価格調査を行い、見積書を両社に提出したが、クルップ社との間では価格が折り合わないため受注には至らなかつた。またオートクンプ社との間でも交渉は難航したが、全機器を日本から輸出する方針に切換え、改めて見積価格を日商岩井経由で提示したところ、昭和五〇年一月同社が発注を決定し、形式上は同社から受注した西ドイツのザック社が日商岩井に発注することになつた。もつとも、右見積価格には技術者派遣費用が計上されていなかつたが、日商岩井と相手方との商談の結果右費用も発注価格に含まれることになつた。

そこで、原告は同年四月一日付で性能保証書をオートクンプ社に提出した上、同年五月一三日付で技術者派遣費を含めた最終見積書を日商岩井に提出し、日商岩井は同年七月八日付で原告に左記内容の注文書を送付した。

(一)  契約物品 センジミアミル用スパミックフィルター(モデルFL二四五−五A)一式

(二)  金額 九七八〇万円

(三)  受渡期日 昭和五〇年八月末日

(四)  受渡場所 FOB神戸

(五)  代金支払条件 九〇パーセント船積み完了翌月末、一〇パーセント機器検収翌月末各々現金払

注文書の記載は右の如く簡単なものであるが、これに先立つ同年六月一九日原告は日商岩井から、オートクンプ社とザック社との間で作成された契約書の写の送付を受けており、その記載内容中原告に関係があるろ過装置の始動、試運転、受入れテストから検収に至る一連の手続は、取引慣行上原告を義務づけるものであつた。

原告は同年八月二九日注文どおりろ過装置を船積み出荷し、ザック社による現地据付後、昭和五一年一月三日から一九日までの間及び同年三月二一日から五月一日までの間従業員を派遣して機器据付、配管、配線工事の点検、修正の指示、機器の動作点検、修正、無負荷運転の指導等の技術指導を行い、更に同年八月には負荷試験のため従業員を派遣して仮検収を受けた。その後、同社からろ過精度についてクレームがつけられたが、同社の過誤であつたことが判明し、精度は保証値内であることが確認された。

原告は、船積み完了翌月末である昭和五〇年九月末に代金の九〇パーセント(八八二〇万円)を日商岩井から受領したので、これを前受金として処理し、仮検収翌月末である昭和五一年九月三〇日に同日受領した残代金と共に一六期事業年度(昭和五一年六月一日から昭和五二年五月三一日まで)の売上として計上したが、被告から指導や更正処分を受けることはなかつた。

6  ルーマニアのオテリノックス社向け取引

〈証拠〉を総合すると次の事実が認められる。

日新製鋼株式会社(技術面担当)及び日商岩井(資金面担当)はルーマニアのオテリノックス社からステンレス鋼冷間圧延プラントを共同受注し、日商岩井は昭和五一年六月二二日原告にろ過装置を次の条件で発注した。

(一)  契約物品 ルーマニア・オテリノックス社向けステンレス鋼冷間圧延設備用スパミックフィルター一式

(二)  金額 五八八〇万円

(1) 設備機器 五二九〇万円(ろ体及び操作盤 五〇〇〇万円、予備品及び消耗品一七〇万円、技術者派遣、原告調整 一二〇万円)

(2) 工事設計費及び技術料(エンジニアリング・フィー) 五九〇万円

(三)  受渡期日

(1) 設備機器(本体関係、予備品及び消耗品)昭和五二年七月末日

(2) 技術資料 別添技術資料提出要領記載のとおり

(四)  受渡場所

(1) 設備機器 FOB神戸港(荷付け条件)

(2) 技術資料 日新製鋼株式会社本社持込渡

(五)  決済条件

(1) 設備機器 五パーセントを契約時現金払(昭和五一年六月末日)、八五パーセントを船積み完了翌々月末現金払、五パーセントをロード・テスト成功翌月末現金払(昭和五四年一月末日予定)、五パーセントをアクセプタンス・テスト成功翌月末現金払(昭和五四年五月末日予定)

(2) 工事設計費及びエンジニアリング・フィー一五パーセントを契約時現金払(昭和五一年六月末日)、一〇パーセントを本注文書発行四か月後月末現金払(昭和五一年九月末日)、一〇パーセントを本注文書発行八か月後月末現金払(昭和五二年一月末日)、一〇パーセントを本注文書発行一二か月後月末現金払(昭和五二年五月末日)、一〇パーセントを本注文書発行一六か月後月末現金払(昭和五二年九月末日)、一〇パーセントを本注文書発行一九か月後月末現金払(昭和五二年一二月末日)、一〇パーセントをアクセプタンス・テスト成功翌月末現金払(昭和五四年五月末日予定)、一〇パーセントをロード・テスト成功後一三か月目現金払(昭和五五年一月末日予定)、一五パーセントをロード・テスト成功後一九か月目現金払(昭和五五年七月末日予定)

(六)  契約範囲、仕様及びその他の条件 昭和五一年五月一四日付「ルーマニア・オテリノックスプロジェクト・ステンレス鋼冷間圧延設備輸出に関する協定書」のとおり

なお、右(六)記載の協定書(当事者は原告、日新製鋼及び日商岩井)の付属書類であるテクニカル・アペンディクスには据付から検収に至る手続が、右協定書の一九条には原告の技術者派遣義務、派遣費用、条件等が詳細に規定されていた。

原告は昭和五二年八月一二日ろ過装置を船積み出荷し、現地据付後の昭和五四年三月上旬から約二か月間技術指導のため従業員をオテリノックス社へ派遣して、現地製作機器類の寸法チェック、仕上げ状態の確認、ろ体取付けの指導監督、機器据付、配管、配線の点検指導、機器の動作点検、調整、操作及び保守職員の技術指導等を行い、無負荷試験及び負荷試験が実施された結果、同年五月二二日オテリノックス社、原告、日新製鋼、日立製作所株式会社、日商岩井の各担当者連名で性能値達成が確認され、検収を了した。

原告は、右検収以前に日商岩井から受領した代金をすべて一旦前受金勘定として計上し、検収時において全額を売上とした上で一八期の売上として計上したが、被告から指導、更正処分等を受けることはなかつた。

7  国内取引

〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

日商岩井は、昭和四九年五月二日日新製鋼向けの、昭和五〇年一〇月一五日日本金属株式会社板橋工場向けの、昭和五五年六月二六日日本鉱業株式会社川崎工場向けの、昭和五五年九月二九日玉川機械金属株式会社若松製作所向けの、昭和五六年三月一二日住友特殊金属株式会社吹田工場向けの、昭和五七年五月二七日日本鉱業株式会社倉見工場向けの各ろ過装置一式を原告に発注したが、すべて代金(分割支払の場合は最終代金)の支払は検収後とされ、かつ海外取引の場合とは異なり技術者派遣費用も含めて代金が決められ、派遣条件等につき別途詳細に取り決められることはなかつた。また、試運転、性能試験等の手順は原告、日商岩井、最終ユーザーの三者間で当然の契約条件として了解されていたため、注文書等に詳細に規定されることはなかつた。

しかし、原告はいずれについても現地据付に際し技術者を派遣して指導を行い、見積書記載の性能値達成確認のための各種試験を経た後検収を受け、代金については検収日の属する事業年度の売上に計上した。そのうち日本金属板橋工場向け取引については被告の更正処分等がなされたが、異議申立の結果検収日が収益計上時期と認められて取り消され、他の取引については被告から指導、更正処分等を受けることはなかつた。

三そこで、本件ろ過装置取引の経緯、内容につき検討するに、〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

1  ブラジルのアセジッタ社は、昭和五一年九月頃日本、西ドイツはじめ世界各国の圧延機メーカーに対し同社の第三号圧延機圧延プラントの見積り引合いを出し、日商岩井及び日本センジミア株式会社(日商岩井が販売する圧延機の設計会社で、日商岩井、日立製作所の合弁会社)が右圧延プラントの見積りに参加することとなり、同年一〇月末頃原告に対しろ過装置の見積りを依頼した。そこで、原告は昭和五二年一月見積書を提出したが、技術指導員派遣費の項目は、当時派遣時期が不明確なため空白とした。

三木は、日商岩井東京重機械部圧延機械課課長宇野順之、日本センジミア常務取締役山本信幸、日立製作所機械設計部計画技師小島竜次と共に、事前打合せ、協議、調査等のため同年六月五日から二〇日までブラジルへ赴き、アセジッタ社本社及び圧延工場を訪問して原告のろ過装置につき技術説明、技術協議を行つた。更に三木は、当初からアセジッタ社がプラント入札条件としてブラジル政府の方針である「装置価格の五〇パーセントはブラジル国内で調達すること」との見積条件を提示していたので、構成機器のうちタンク等については同国内の製作を予定して、サンパウロ市のブラジル・ザック・フイルトロス社(西ドイツのザック社の系列会社)を訪問し、関係図面、仕様書、明細書等の書類を交付して技術説明をすると共に、現地での製造能力、製作技術、価格等を調査した。その結果、原告と日商岩井はブラジルでの製作分と原告供給分とを分けて記載した見積書を作成したが、これにはろ過装置の枢要部であるろ体及び操作盤は原告が供給することとされ、かつ原告のエンジニアリング費等として一一六〇万円が見積られていた。

三木は同年八月一五日から九月二〇日まで前記メンバーと共にブラジルへ再渡航し、アセジッタ社との間で更に綿密な技術打合せや価格交渉を行つた結果、原告のろ過装置採用が内定した。しかし、同社との交渉過程において若干不明確な事項があつたので、三木は同年八月二二日契約条件として基本的な項目を列記した書面を日商岩井の宇野に手交し、特に据付時期が不確定であつたことやブラジルのインフレを直接体験していたことから、右書面の第六項において「据付、配管、電気配線、試運転等についての指導技術員派遣費用は別途に申受ける。」旨申入れた。また三木は同月二四日最終見積書を作成して宇野に交付したが、これには原告のための特許料及び技術料として一二〇〇万円が計上されていた。一方、前記入札に参加していた西ドイツの圧延プラントメーカーであるデマーグ社のローマン技師長は、つとに原告がオートクンプ社に納入したろ過装置を使用してデマーグ社納入設置の圧延機を運転した経験を有し、原告のろ過装置の性能を高く評価していたことや、アセジッタ社がろ過装置に原告製品を指定したことから、宇野に対し原告のろ過装置の見積書提出を依頼したので、宇野はアセジッタ社宛提出分と同じ見積価格等を記載した書面を同月二三日ローマンに提出した。なお、右書面には、「建造及び始動に関するサービスは、原告が相互に合意される条件に基づいて行うであろう。」との趣旨の記載があつた。

次いでデマーグ社の要求に基づき、日商岩井と原告は同年九月一四日連名でろ過装置の仕様書(スペシフィケーション)を同社に提出したが、これにはろ過装置の性能値として、ろ過能力につきフィルター容量が一分当り二万〇一〇〇リットル、ろ過後の粒度(清浄度)につき二ミクロン以内の粒子と表示されていた。

2  国際入札の結果アセジッタ社の圧延プラントを受注したデマーグ社は、アセジッタ社指定の原告製作ろ過装置注文のため、ズルスケ担当重役及びローマン技師長を日商岩井東京本社に派遣したので、昭和五二年一一月一七、一八日の両日同社において右両名と日商岩井の宇野ほか担当者、原告の三木ほか担当者との間で詳細な協議を行つた結果、三者の合意に基づく注文議定書(オーダー・プロトコール)及び製作工程表(スケジュール)が作成され、前者にはローマンと宇野が、後者にはローマンと三木が各署名した。注文議定書の内容中本件争点に関係する部分を摘記すると次のとおりである。

(一)  下請契約者 日商岩井(ただし、注文議定書の冒頭には日商岩井と原告の両社名が併記されている。)

(二)  現場建設監督 テスト、スタートアップ、保証テストを含めて、多分一九七九年(昭和五四年)末頃から五か月間、契約は後日

(三)  保証 ブラジル製作分に対する材料及び工作は含まず、オートクンプ社同様の機能保証

(四)  アセジッタ社の一般契約条件書 日商岩井との契約の一部となり、購入注文書と一緒に送付される。

(五)  引渡場所 FOB日本港、輸出用梱包

(六)  支払条件 日商岩井からの証明された注文の確認に対し一〇パーセント、最終船積み後又は書面による貨物発送準備の通知後三〇日に九〇パーセント

(七)  前払いに対する保証 九〇パーセントの支払受領と同時に、船積み後二〇か月に対し五パーセントの契約履行保証(銀行保証)を日商岩井は発行するものとする。

(八)  価格 一億〇六〇〇万円

(九)  技術面 原告の天野技術担当取締役から

なお、現場建設監督につき「契約は後日」と記載されたのは、原告の海外取引では前記の他の取引事例のように技術者派遣費用を代金額に含めずにその条件等を契約で取り決めておくのが原則であるが、当時アセジッタ社とデマーグ社との間で建設、始動の時期につき明確な取り決めがなされていなかつたので、派遣時期が確実に二年後であるか否かについても疑義があり、ブラジルのインフレ事情から将来の派遣費用を予め約定することは原告にとつて危険であつたためである。

3  日商岩井はデマーグ社から昭和五三年五月一一日付本件ろ過装置の注文書(オーダー、ただし独文)の送付を受けたが、その内容中本件争点に関係するものを摘記すると次のとおりである。

(一)  この注文は、一九七七年一一月一七、一八日ブラジル(東京の誤記)で貴社と行つた討議等に関するものであり、詳細は本注文書記載の仕様及び同月一八日付注文議定書に基づくものとする。

(二)  注文対象は、本件ろ過装置のブラジルでの製作のための完全なエンジニアリングと設計関係書類とする。

(三)  一般仕様中フィルターの公称能力は一分当り二万〇一〇〇リットル、ろ過後の粒度は二ミクロン以下、残留粒子の含有量は二ミクロン以上の粒度のものが一リットル当り一〇ミリグラム以下とする。

(四)  本仕様に特記されていない限り注文議定書の用語に従つて確立された合意が適用され、その範囲で本注文書の不可欠部分となる。

(五)  納品時期は次のとおりとする。

(1) 配管図面と基礎図面を含む完全なエンジニアリング(ただし、取扱説明書は除く。)を一九七八年五月末まで。

(2) 取扱説明書を同年九月末まで。

(3) 日本で製作された部品の納入を同年九月末までFOBで。

(六)  価格 一億〇六〇〇万円

(七)  支払条件は次のとおりとする。

(1) 一〇パーセントを前払い(既に支払ずみ)。

(2) 九〇パーセントを船積証書提出後三〇日以内に支払可能な一覧払手形と引換えに支払う。

(八)  契約履行保証として、日商岩井は残額九〇パーセントの支払を受けるのと引換えに、最終船積み日後二〇か月有効である注文価格の五パーセントの銀行保証状をデマーグ社に交付する。

(九)  日商岩井はブラジルでの製作供給分を除き、オートクンプ社向けプラントの場合と同程度に良好な機能の完全な保証を提供する。更に、日商岩井はアセジッタ社の一般契約条件を、それが本注文書記載の納品とサービスに細部にわたり適用される限り、承認して受入れる。

なお、右注文書と共に、プラント購入についてのデマーグ社の一般要件書及びアセジッタ社センジミアローリングミルZR二一BB六三の設備等調達のための要件書(リクワイアメント、ただしいずれも独文)が日商岩井宛送付されたが、後者の六項には受入れ(アクセプタンス)に至る手続が規定され、最終受入れは保証値の受入れ後宣言するものとされており、また同一一項では日商岩井は組立て、試運転、負荷テスト等のために、必要な人員をデマーグ社からの要請があり次第提供することとされている。

日商岩井は直ちに右要件書の英訳文を作成し、これを独文要件書と共に原告に送付したので、原告は本件ろ過装置の企画設計に着手し、かつ、ザック・フイルトロス社の製作に係る機器が原告の指示どおり製作されるよう、その仕様書を昭和五三年五月末までにデマーグ社に発送した。

4  日商岩井は原告に対し昭和五三年九月二二日付注文書により、次の条件で本件ろ過装置を正式に発注した。

(一)  契約物品

(1) フィルターエレメント(ろ体)及びオペレーティングパネル(操作盤) 一式

(2) ブレーカー等の予備品 一式

(3) ザック・フイルトロス社により、ブラジル国内にて製作される機器及び配管関係、全体取合関係の総合エンジニアリング 一式

(二)  金額 八五〇〇万円

(三)  契約条件

(1) 受渡期日 昭和五三年一〇月末日

(2) 受渡場所及び条件 FOB神戸港(標準輸出梱包の事)

(四)  決済条件

(1) 九五パーセント(八〇七五万円)を船積み完了月末締切翌月末現金払

(2) 五パーセント(四二五万円)を船積み完了月末締切二〇か月後現金払

(五)  備考

(1) 詳細仕様は、本注文書添付仕様書のとおりとする。

(2) 機器引渡遅延に関するペナルティー

(3) 据付及び試運転調整に係わる技術者派遣に関し、買主が派遣要請を申し出た時は、売主はこれに応じるものとし、その派遣費用及び条件については、別途契約するものとする。

(4) 契約物品の船積みは一括とする。

(5) その他詳細は、打合せどおりとする。

なお、本件注文書添付の仕様書(スペシフィケイション)は、日商岩井がデマーグ社から受領した注文書を自ら英訳した上、原告には無関係な(五)ないし(八)の事項等を削除し、新たに進行状況報告に関する事項を付加して作成したものであり、従つて、性能値、注文議定書の適用、保証文言等がそのまま記載されている。

また、原告は同年一〇月一九日技術者派遣費用についての見積書を日商岩井に提出した。

5  原告は昭和五三年一二月二〇日注文どおり本件ろ過装置を船積みし、日商岩井は昭和五四年五月一五日、船積み後二〇か月後である昭和五五年八月二〇日又は契約完了日のいずれか早い日を期限とする五三〇万円の契約履行保証状(レターオブギャランティ)の発行を三和銀行から受け、これをデマーグ社に差し入れた。

原告は昭和五四年一月三一日に日商岩井から代金の九五パーセントに当る八〇七五万円を受領し、検収未了のためこれを前受金に計上していたが、その後アセジッタ社のプラント工事は進捗せず何ら連絡もないので、日商岩井から残代金支払意思が表明されたことを契機に、昭和五五年七月(八月ではない)二一日右全額を売上金に計上した。その後、同年九月一〇日残代金四二五万円が日商岩井から原告に支払われた。

なお、日商岩井はデマーグ社から代金の一〇パーセントを昭和五三年四月六日に、残金を同年一二月二六日に受領したが、同社では輸出商品の仕入れと売上を船積み日に計上する会計処理をしていたので、船積み通知を受けた同年一二月二二日に仕入れと売上を計上した。

四右認定の事実、特に、原告はその製作販売するろ過装置につき性質上当然に性能値達成義務を負い、そのため必ず技術者を現地に派遣しなければならず、右販売が商社経由のプラント輸出として行われる場合も同様であること、本件ろ過装置についての日商岩井の注文書自体には性能値達成義務が明記されていないが、その契約内容は本件注文書の記載事項にとどまらず、デマーグ社の日商岩井に対する注文議定書、デマーグ社から日商岩井に送付された要件書、本件注文書添付の仕様書の記載事項にも及び、これらには本件ろ過装置の保証性能値、その達成手続、技術者派遣について具体的に明示されていることによれば、原告は日商岩井(更に、同社を介してデマーグ社)に対し、本件ろ過装置につき技術者を派遣して性能値達成を確認する契約上の義務を負うものというべきである。

被告は、本件ろ過装置取引の代金収受は他の取引事例と異なり検収と無関係に定められている旨主張する。確かに本件注文書の文言上は、残代金五パーセントの支払は船積み完了月末締切二〇か月後現金とされていて、検収との関連は明示されていない。しかし、右残金の支払条件は日商岩井のデマーグ社に対する契約履行保証の期限と関連するものであることは既に認定したところから明らかであり、右期間の経過により日商岩井がデマーグ社に対する性能値達成義務を免れるのに伴つて、原告も当然日商岩井(更に、同社を介してデマーグ社)に対する性能値達成義務を免れるに至るのであるから、右残代金の支払条件は間接的であるにせよ、やはり性能値達成義務ないし検収に関連して定められたものというべきである。

被告は、ブラジルでの製作機器につき原告が保証を義務づけられていないことをとらえ、原告はろ過装置全体の性能保証義務を負うものではない旨主張する。しかし、原告が供給するろ体と操作盤はろ過装置の枢要部分であるし、原告がブラジル製作分についての関係書類をザック・フイルトロス社に交付したのも、原告供給分と一体となつて機能するような機器の製作を要求した趣旨であるから、ブラジル製作機器と結合して据付けられたろ過装置が所定の性能値を達成するよう調整等する義務を原告が負うというべきである。デマーグ社の日商岩井宛注文書の保証についての項目でブラジル製作分を除外しているのは、単にブラジル製作機器固有の欠陥については原告は責任を負わないといういわば当然のことを明示したにすぎず(このことは注文議定書の保証についての項目に、ブラジル製作分に対する「材料及び工作」を含まずとあることからも窺われる。)、被告の主張は失当である。

被告は、日商岩井がデマーグ社から受領した要件書は同社が発注先に対しプラント建設工事全体に適用される一般的な定めとして提示したものにすぎず、その条項がすべて原告と日商岩井間の取引に適用されるものではない旨主張する。しかし、日商岩井は商社であつて原告のような技術能力を持たないため、当初の引合い、見積り段階から技術面に関しては常に原告とデマーグ社との間をいわば仲介するにすぎなかつたというべきであり、日商岩井が右要件書を英訳の上更に原告に送付したのは、右要件書中本件ろ過装置の技術的内容に関する事項については原告を当然契約上義務づけるためであつたと解される。

被告は更に、本件注文書において技術者派遣の費用及び条件が別途契約とされていたことは原告が技術者派遣義務を負つていないことを意味すると主張する。しかし、技術者派遣の「費用及び条件」が別途契約であるというのは、既に説示したように、原告が本件ろ過装置の性能値達成のため技術者を派遣する義務があること(当初から見積書に技術料が計上されていたこともこれを裏付けている。)を前提としていると解され、その前段にある派遣要請があれば云々という文言は修辞的な意味であるにすぎない。そして、別途契約の趣旨は、当時ブラジルではインフレが激しく、かつ技術者派遣時期も不確定であつたことから、その費用及び条件を予め取り決めることはどのような形であれ原告にとつて危険が大きかつたので、派遣時期が確定した後に派遣技術者の数、権限等を含めて具体的な費用、条件を日商岩井との間で別途取り決めるという意味であるから、右文言だけから原告が技術者派遣を義務づけられていないとすることはできない。

五そこで、本件処分の適否につき判断する。

法人税法二二条は所得の金額の計算につき、一項において「内国法人の各事業年度の所得の金額は、当該事業年度の益金の額から当該事業年度の損金の額を控除した金額とする。」と定め、二、三項において右益金及び損金の額に算入すべき金額につき規定しているが、ある収益等をどの事業年度に計上すべきかについて、同法は、六二条ないし六四条において特例を定めているほかは、原則的基準について明文の規定をおかず、「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従つて計算されるものとする。」(二二条四項)と規定するにとどまつている。そして、企業会計原則中損益計算書原則一のAが「すべての費用及び収益は、その支出及び収入に基づいて計上し、その発生した期間に正しく割当てられるように処理しなければならない。」等と定め、同三のBが「売上高は、実現主義の原則に従い、商品等の販売又は役務の給付によつて実現したものに限る。」等と定めているのは、企業会計上の要請に応じ実務慣習として成立した公正妥当な会計処理基準を明確にしたものと思料されるから、収益実現時期の認識に際しては、反対給付の負担を伴わない等資産、負債の変動が会計記録上での認識計上を正当化するに足りるだけの確実性及び客観性を具備するに至つた時点が一応の指標となると考えられる。

しかして、収益実現時期の具体的認識をするについて複数の基準がある場合には、当該法人としては、法人税法七四条一項が確定した決算に基づく確定申告を要求していることや、企業会計における継続性の原則に照らし、右基準の一つをその継続適用を条件として選択することができるというべきである。法人税基本通達二―一―一が「たな卸資産の販売による収益の額は、その引渡しがあつた日の属する事業年度の益金の額に算入する。」と定め、同二―一―二が「たな卸資産の引渡しの日がいつであるかについては、例えば出荷した日、相手方が検収した日、相手方において使用収益ができることとなつた日、検針等により販売数量を確認した日等当該たな卸資産の種類及び性質、その販売に係る契約の内容等に応じその引渡しの日として合理的であると認められる日のうち法人が継続してその収益計上を行うこととしている日によるものとする。」と定めているのも、この趣旨を明らかにしたものと考えられる。

原告は、先に認定した取引事例に見られるように、従来からろ過装置の販売については一貫して検収時を収益計上時期として会計処理をしてきたところ、被告は右処理を是認してきたものであり(なお、原告代表者尋問の結果によれば、被告主張の指導は原告製作の他の化学装置に関するものであり、右機器については原告はノーハウを持たないので、ろ過装置と一律に論じえないことが認められる。)、当裁判所も原告が製作販売するろ過装置の特質及び各契約内容に照らし、原告がその収益計上時期を検収時とすることには合理性があると思料する。なお、ろ過装置がFOB条件で販売されたとしても、FOB取引は船積み時点で物件の所有権及び危険負担が買主に移転する取引であるから、この時点を収益計上時期とすることも別段不合理ではないが、原告としては検収時との選択可能性を有しているために、いずれかの基準を選択の上継続的に採用することができるというにすぎず、FOB取引であるが故に船積み時点を収益計上時期としなければならないわけではない。もつとも、この点については被告もかかる見解を不当とするのではなく、本件ろ過装置の取引が性能値達成義務を負わない単品取引であるとの認識に立ち、本件取引には他の取引事例と異なり検収基準の適用がない旨主張しているのであるが、右認識が誤りであることは既に説示したところであるから、本件取引の収益計上時期についても検収基準が適用されてしかるべきである。また、前記のとおり日商岩井が船積み時点で本件ろ過装置の仕入れと売上げを計上したのは、同社としての基準に従つて会計処理をしたまでのことであり、原告の基準に対し拘束力を持たないことはいうまでもない。

しかして、前述のとおり原告は船積み後二〇か月の経過をもつて性能値達成義務を免れた結果、検収ずみと同様の状態に至つたと認められるから、右免責時である昭和五五年八月二一日が本件ろ過装置の収益帰属時期であり、一八期には属さないことになる。なお、原告が実際には同年七月二一日を右計上時期としたのは適切でないが、いずれも同一事業年度に属するから右結論には影響がない。

そうすると、本件処分は本件ろ過装置の販売に係る収益帰属時期の認定を誤つたものであるから違法であり、従つて、本件決定も違法たるを免れない。

六以上によれば、原告の本訴請求はすべて理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官青木敏行 裁判官古賀寛 裁判官古財英明)

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